国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構
関西光量子科学研究所 放射光科学研究センター 先進分光研究グループ
上席研究員 岩澤英明
物理学の中には、未だ解明されていない問題が多々ある。中でも現代物理学における最大の謎ともいわれているのが、高温超伝導だ。1986年にベドノルツとミューラーによって発見され、翌年に2人はノーベル物理学賞を受賞する。同時に、世界的に高温超伝導フィーバーが巻き起こった。我こそはと多くの科学者たちが高温超伝導の研究に取り組んできたが、40年近く経った現在でも矛盾なく説明できる理論は存在していない。
岩澤は、謎の多い高温超伝導の研究に20年近く取り組んでいる。小学校から高校までサッカー一筋だった。その後、理系の兄の影響を受けて同じ理系に進み、大学院の研究テーマに高温超伝導を選んだ。その理由は、「分かっていないことを考えるのが好きなのと、卒業論文の問題を様々なデータから検討したことで謎が解けて論文発表までつなげることができたという成功体験が重なったから」だという。 研究者となってからは超伝導における電子の動きを調べるため自ら装置を開発し、それを使って電子の振る舞いを観測することに成功している。
高温超伝導を解明する道のりは長い。高温超伝導とはどのようなものなのか、また、メカニズムが解明されることによってどのような変化が期待できるのか。岩澤にお話を伺った。
高温超伝導はなぜ注目されているのか
超伝導とは簡単に言うと、低温状態においた物質に起こる、電気抵抗がゼロになる現象のことだ。最初に超伝導が確認されたのは1911年。その後1957年にバーディーン、クーパー、シュリーファーの3人がBCS理論を提唱し、そのメカニズムが解明された。
従来の超伝導は、液体ヘリウムを使い物質の温度を-269℃まで下げることで発生させていた。しかし、ベドノルツとミューラーが発見したのは、約-200℃以上で超伝導が発生する銅酸化物と呼ばれる新しい超伝導体だった。その後、僅か数年で、液体ヘリウムより安価な液体窒素を使って、-196℃で安定して超伝導を発生させることが可能になった。この新たな発見により、従来の超伝導を低温超伝導、新たな超伝導を高温超伝導と呼んで区別するようになった。
高温超伝導が注目されたのは、従来の超伝導よりも安価にかつ容易に取り扱えるようになったからである。これまでは、MRI(磁気共鳴断層撮影装置)など超伝導素材以外で代用できないものに使用されてきた。しかし、コストが抑えられることによって実用に向けた開発のハードルが下がったことから、他の分野への応用が検討されたのだ。超伝導には熱を発生しない特長があることから、次世代の省エネルギー素材として期待されている。
高温超伝導を解明する難しさ
理論が存在しない高温超伝導のメカニズムを明らかにするには、地道に実験を重ねてデータを収集することが必要だ。岩澤の作業はもっぱら、電子の観察だ。
「やや理論的になってしまうのですが、超伝導は電子がペアを組んで一緒に動くことによって発生するんです。しかもマイナスとマイナスの状態で。普通はマイナスとマイナスはくっつかない。それが起こっているということは、マイナスの電子どうしを仲介するような存在がいるはずです。低温超伝導ではその仲介役が結晶格子を組む原子の振動なんですね。高温超伝導でもペアになった電子がどのような力を受けて運動しているのか調べると、メカニズムの解明につながるかもしれないと考え観察を続けています。」
電子を観察する装置は世界各国で開発が進められているが、岩澤自ら開発した観察装置は、電子の振る舞いを世界最高精度で観察できる特徴があるという。電子を観察するには、宇宙のような超高真空の状態を作る必要がある。無駄な水分を取り除くために装置を100~120℃で1週間ほど温める(これを「ベーキング」と呼ぶ)。この装置に加えて、光(放射光)を出す装置も電子の観察には欠かせない。
「電子を調べるために放射光は不可欠です。光を当てると、そこからエネルギーをもらって、電子が外に飛び出てくるんですよ。そして、そのエネルギーを調べます。専門的に言うとエネルギー分析や方向分析のことなのですが、これらの装置を使うと、物質の中でどんなふうに電子が動き回っていたのかが分かるんです」
現在は、拠点を仙台に移し、国内最新の放射光施設(ナノテラス)において、世界最先端の電子を調べる装置の開発を進めている。これまでの装置で見えなかった電子の特徴がわかるようになることで高温超伝導解明の糸口になる可能性があるとして調べているという。
もしも室内超伝導が実現したら? 超伝導素材の活用で変わる日常生活
高温超伝導が解明される先には何があるのだろうか。高温超伝導の研究をしている科学者なら、必ずと言っていいほど描いているのが、「室内超伝導の実現」だそうだ。「一応やってる者の夢として、まずなぜ高温超伝導になるのかという謎を解きます。そうすると高い温度で超伝導が起こるメカニズムが分かるので、その次に目指すのは必然的に室温超伝導になるんですよ。超伝導の研究者だったら、作ってみたくなる。未だ夢物語ですが、室温超伝導が実現したら、本当に日常生活の全てが変わると思います」
室温超伝導とはその名のとおり、常温で確認できる超伝導のことである。もしも室内超伝導が開発されたなら、超伝導素材の実用化が加速するのは必至だ。「例えば、電線ですね。すでにある電線を全て超電導素材に変えることは非現実的ですが、電線を超電導素材にすることによって、電気抵抗をなくし送電中に損失してしまう電気量を極力抑えることができます。リニアモーターカーにも応用できますね。高温超伝導体を利用した新しい磁気浮上技術などが導入されれば、鉄道などの交通手段におけるエネルギー効率が向上し、高速かつ環境に優しい交通手段が実現される可能性があります。あと身近なもので言えば、パソコンもそうですね。」
室内超伝導によって、超伝導製品が当たり前のように身近にあふれている日常を夢見るのは、高温超伝導の研究者だけではないだろう。
「高温超伝導の研究で得られる新たな発見と可能性の喜び」が次へ進む原動力
研究職は、地味な作業が多い。加えて、いつ答えが得られるかが予測できないことに向かって骨の折れる作業を繰り返す。好きでなければできないのが研究職であるが、岩澤からは、好きなことの延長線で研究を楽しんでいる様子が伝わってくる。「正直、研究の苦労は大きいです。でも、長年研究を続けられるのも、それ以上にいろいろと楽しいと感じられる場面があるからだと思います」
プライベートでは4人の子供の父親であり、公私共に忙しい毎日を送っているが「研究と子育てはストレスフリーです」と笑う。以前と比べてサッカーをする機会は減ったものの、時間がある時は長男のサッカーの練習につきあっている。
高温超伝導の研究は40年前と比べて下火になったとはいえ、可能性を信じて地道に研究を続けている岩澤のような研究者は国内外にいる。
独自の研究は1人で作業することも多いが、共同研究で海外に短期滞在することもあるという。国際交流やその国の異文化に興味を刺激され、また国内においても学会で他分野の研究者との情報交換を楽しんでいる。こうした外からの刺激を通じて、研究のアイデアを思いつくこともあるという。そして、得たアイデアは将来の展望へとつながる。「これまでは基礎研究ばかりだったので、今後は社会と関わりのある分野の研究にも取り組みたいですね。今持っている技術を電子デバイスの性能向上に使うなど、製品開発に直結する研究を展開したいと考えています」
取材、構成、文:佐藤世莉
撮影:宍戸 ヤスオ
〇研究者の主な略歴
生年月: 年 月
出身地:千葉県
【学歴】
****年3月 千葉県立成東高校普通科
****年3月 東京理科大学理学部応用物理学科
****年3月 東京理科大学大学院理学研究科修士課程物理学専攻
****年3月 東京理科大学大学院理学研究科博士課程物理学専攻
【職歴】
2008年 博士(理学)東京理科大学
2008年〜2009年 日本学術振興会特別研究員(PD)
2009年〜2016年 広島大学・放射光科学研究センター・研究員/特任助教/助教
2016年〜2018年 Diamond Light Source, Associate Beamline Scientist
2018年〜2020年 広島大学・理学研究科物理科学専攻・特任准教授
2020年〜現在 量子科学技術研究開発機構・主幹研究員/上席研究員
2024年〜現在 量子科学技術研究開発機構・量子物性情報計測プロジェクト・プロジェクトリーダー
【受賞歴等】
2014年 日本物理学会 日本物理学会若手奨励賞(領域5)
2012年 日本放射光学会 日本放射光学会奨励賞
2011年 広島大学 広島大学長表彰
2007年 東京理科大学 東京理科大学学生表彰