常識に抗い、未来を切り開く若手研究者を紹介します

研究者紹介

量子技術で変わる計測の世界 新たなセンシング手法の開発と将来性

国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構
高崎量子応用研究所 量子機能創製研究センター
主任研究員 増山 雄太

“測る”行為は昔から存在し、計測技術は時代と共に発展してきた。そして現在は、量子技術を用いることによって新たなフェーズを迎えようとしている。
センサーを使って計測することをセンシングという。増山は、量子技術を用いたセンシング手法の開発に日々力を注いでいる。大学の博士課程では、超伝導量子ビットと呼ばれる量子コンピュータの素子の研究をしていた。博士課程修了後、どのような研究者になるべきかと考え選んだのが、センシングだった。
センシング手法の開発はどのように進められていて、量子技術を用いることによってどのように発展するのか。増山にお話を伺った。

This image was generated with the assistance of AI.

センシングは全ての科学の基礎

センシングとは「何か得たい情報を、数値など人が分かりやすい量として得る行為」のことである。例えば体温を測りたいとする。その時に体温計を使うが、そこに内蔵されているセンサーが体温を測り計測者に結果(数値)を伝える。これが、センシングというわけだ。
測りたいものが増えると、センサーの数も増える。湿度計や血圧計、自動点灯ライトなど私たちの身の回りには、センサーを使ったものであふれている。
「銭湯に置いてある古いアナログ式の体重計も、体重を測るという意味においてセンシングと呼べます」と話す増山。なるほど、と思わずうなずく。センシング技術は、人類の歴史と共に歩み発展しているのだ。

増山は、センシングをすべての科学の基礎に位置づけている。実はセンシングの研究者になったのも、これが理由の一つだった。
「センシングが科学技術の基礎だと信じています。センシングの研究を通して科学の発展に役立てればいろいろな分野に貢献できますし、世の中のためにもなります。そういう気持ちが強かったから、研究対象をセンシングにシフトさせてきました」

量子センシングの現状と課題

量子技術をセンシングに用いることによって、従来のセンサーでは測ることのできない信号を計測することが可能になる。量子センシングの発展は、新たなセンシング技術開発につながるというわけだ。
「新たなセンシング技術開発について具体的な例を挙げるならば、電気自動車のバッテリーの電流モニタリングへの応用ですね。車を走らせるためにどの程度の電流が必要か、というのを従来よりも高精度に評価する技術の開発が進んでいます。」

増山のお話を伺っていると、「量子センシングの実用化もそう遠くはないだろう」との期待感が高まるが、センシング手法の開発は前途洋々とはいかないようだ。
「何か発見する喜びよりも、実は苦戦することが多いですね。センサーを開発するには、比較対象のセンサーが既にあることが多いんですよ。例えば体重だったら体重計ですね。そういう装置たちと、常に戦わなきゃいけないというのが、大きな課題の一つです。まだまだここが足りないとか、ここは超えなきゃいけない壁があるといったことを常に感じています」

量子技術を用いたセンシングの研究は、課題が山積みだ。にもかかわらず増山が研究を続けるのは、科学を発展させたいとの強い想いと、量子技術に対する好奇心からである。
「やっぱりセンシングは、すべての基礎ですからね。あとは基本的に量子技術が好きで、楽しいと感じることが多々あります。だから続けられるのでしょうね」

ダイヤモンドを用いた固形量子センサーの特徴と将来の展望

より良いセンシング技術を開発するには、量子センサーの感度を上げることが不可欠だ。量子センサーの感度向上を目指して増山が用いているのが、ダイヤモンド製の量子センサーである。一時は感度において世界1位に輝くなど世界トップレベルの高感度を誇る。

なぜ、センサーにダイヤモンドを使うのだろうか。
「ダイヤモンドの中でもピンクダイヤモンドには、NVセンターと呼ばれている量子の性質を持つ分子のようなものが入っています。それが敏感に反応することで高感度なセンサーになります。細かな目盛りまで測れるということですが、さらに測定しても目盛りが振り切れないんです。」
まるで測定可能な重さに上限を持たない体重計と、細かな重さの変化まで測れる調理用のスケールを組み合わせたような機能を持つピンクダイヤモンドは、未知のものを計測するには理想的である。これが、従来のセンシングの限界を超えた新たなセンシング技術として注目されている。

「再び電気自動車のカーバッテリーを例に挙げますが、量子センサーを使うのは、高感度なのに振り切れない良さがあるからですね。そういう良さがあるので新たなものを測る時には使い勝手がいいんです。車の中は雑音が多い。それは音ではなく電磁波のノイズのことで、様々な電磁波が車の中を飛び交っている状態です。
モーターには電流が流れています。電流を測ろうとすると、計測したい電流から発せられる磁場と、モーターや周辺の様々な電気回路からの磁場が混ざっていて、従来のセンシング技術では、粗い測定しかできないんですね。でも、量子センシング技術を工夫することで、測定対象を分離して測定できるので、測りたい情報を正確に得やすいんです。実際にそういう技術を作りまして、それが今後何かしらの役に立つのではと期待してます」

ダイヤモンドは圧力や環境の悪い場所にも耐えられる特徴があり、特殊な環境で使用する耐環境センサーにも応用できるという。
「ここはまだ将来展望なので、具体的な測定方式は現在議論している段階なのですが、ダイヤモンドは硬いうえ圧力に強く、酸性など特殊な環境の中でも耐えられる性質を持っています。動作温度範囲も広く、場所を選ばずに磁場や温度を測れるのではないかと考えています」

増山が説明するには、ダイヤモンドの中に原子一個分の穴を開けて、その穴にダイヤモンド中の窒素が結合すると、それだけでセンサーになるのだそうだ。つまり、ダイヤモンドを使うことで極小サイズの高性能センサーを作ることができるのだ。

研究用のダイヤモンドは全て人工のもので、時にはオーダーメイドで作った世界に一つだけのダイヤモンドを使うこともあるという。実験には極小のダイヤモンドを使うそうだが、失くしてしまうことはないのだろうか。
「実は落とすことがあるんです。ダイヤモンドは透明で固いので、落とすとポンポンポン、というふうに消えていきます。落とした時は、それはもう研究者人生をかけて必死に探しますよ。つい先週もやってしまい、血眼になって1時間ほど探して見つけました。人工のダイヤモンドは天然石よりも安価ですが、感度を測定するという主旨で取り扱うものの中には、再度作製するのがとても大変なものもあるので細心の注意が必要です」

研究していることがダイレクトに社会貢献へとつながる喜び

新しいセンサーが誕生するのは、新たに測定したい対象物が出た時だ。センシング技術によって新たにセンサーが開発されることで、不可能なことが可能になったり、不自由に感じていたことが容易になったりするだろう。増山がセンシングを「全ての科学の基礎」に位置づけしているように、計測技術の発展は私たちの社会や生活にダイレクトに貢献する。そして、社会の発展はをはじめ私たちにとっても喜びにつながる。

特にセンシングを応用したい分野はあるのかという質問に対して、増山は「人の役に立てれば特にこだわりはない」と一言。確かにセンシングは広範囲に応用でき、どのような使い方ができるのかは未知数だ。ある意味応用できる分野を決めずに、フラットな目で今後の展開を見守るのが、適切なのかもしれない。

「イングランドの科学者であるマイケル・ファラデーの話です。ある時、確か電気だったと思いますが、公の場でそれを説明している時に、当時の役人が『それは何に使えるか』と質問しました。ファラデーは、『あなたは生まれたばかりの赤ちゃんが将来何に役立つかなんて言えますか? いずれ課税できるようになるので安心なさい』というようなことを言ったそうなんです。 生まれたばかりの技術が何に使えるかなんて、わからないと思うんですね。私の仕事は、量子技術を突き詰めて、センサーの感度を高めたりして、これまで測れなかったものを測れるようにすること。それが結果的に何に使われようと、人の役に立てることならこだわりはないです。これからも目の前の課題に取り組んで、耐久性やコンパクトさなどの様々な要素も含めて考慮しながら、いろいろな分野にセンシング技術を応用できるようにトライしたいと考えています」

取材、構成、文:佐藤 世莉
撮影:宍戸 ヤスオ


〇研究者の主な略歴
生年月:1986年5月  
出身地:
【学歴】
2005年3月 明治大学付属明治高等学校、卒業
2009年3月 明治大学理工学部物理学科、卒業
2012年3月 学習院大学大学院自然科学研究科物理学専攻, 修士課程修了
2016年9月 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻、博士後期課程卒業

【職歴】
2012年4月 東京大学先端科学技術研究センター中村研究室、技術補佐員
2016年10月 東京大学先端科学技術研究センター中村研究室、学術支援職員
2017年4月 東京工業大学工学院電気電子系波多野研究室、研究員
2019年4月 量子科学技術研究開発機構、研究員
2021年7月 量子科学技術研究開発機構、主任研究員

【受賞歴等】
2014年3月 日本物理学会第 2 回学生プレゼンテーション賞

researchmap


    この研究者にお問合せしたい場合は、以下のフォームよりお願いします。

    関連記事

    PAGE TOP